「双子のまち」清水

先週水曜日に清水在住の私としては

「必須科目」のこちらの展示を見てきました。

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色々と言われている静岡市歴史博物館です。

前回訪問時にも思ったのですが、チケット窓口の位置がなんであそこ?なんだろう、、。

お掘りの発掘展示を見せたいのなら、何で入口にチケット窓口がないのか理解に苦しむんですよね

導線が理解できない・・・・。

しかし、今回の特別展は素晴らしいものでした。

私の住んでいる清水区(旧清水市)は、「江尻」という宿場町としての街と

「清水湊」という港の機能としての街の2つの顔があります。

住んでいると普通に理解しているのですが、要は東海道53次の「江尻」と

港のある「清水」とは全く別の街だったことです。

で、江尻という名前はもちろん今も残っていますが、行政区分としての

市や区の呼び名としては「清水」が残った訳です。

な・の・で、、もしかしたら

「静岡市江尻区」とか「江尻エスパルス」とか「サッカーのまち江尻」とかありえた訳なんですね。

現に、JR清水駅は昭和初期までは「江尻駅」でした!!!!!

さて、まず清水港ですが、安政の大地震前までは、全ての港の機能は巴川河口に

集積していたようです。それが地震の影響で地形が変わり、次郎長や港湾関係者の尽力によって

今の清水港のように湾の周りに港機能を造っていった経緯があると書かれていました。

そして、私が住んでいる江尻ですが、1813年には家屋は1300軒、本陣2軒、脇本陣3軒、旅籠50軒

というものすごい大きな宿場町だったようですね。そりゃぁ、花街もあるはずだわ・・・

ちなみに清水の花街は今の江尻小学校の巴川を挟んだ対面にあったそうです。

あと私は記憶が全くありませんが、袖師の湾岸道路沿いには「袖師海水浴場」があって

東海道線の臨時駅が夏場だけ出来たそうです。

展示物には昔の写真(今まで見たことなかったもの多数)があり一番ビックリしたのは

今清水駅前の「えじりあ」の前にある「久能山東照宮の石碑」が

昔はJRの波止場踏切に設置されてた事!

※波止場踏切は駅前銀座商店街から静岡鉄道新清水駅に行く間のアノ踏切です。

写真に映り込んでてビックリしました。

静岡市歴史博物館の口コミにも沢山ありますが、「写真撮影禁止」ってのがどうもね、、、💦

今どき無いっすよ・・・・

にしても、「双子のまち 清水」という切り口はとても面白く勉強になりました。

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一階で展示されていた特別展「江尻城」については、また後日・・・・・

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